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東京高等裁判所 平成5年(ネ)3904号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件を長野地方裁判所に差し戻す。

理由

一  まず、控訴人は、原審において本件訴状、口頭弁論期日呼出状、判決等が控訴人に対し送達されていない旨主張するので検討する。

1  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は、大正二年七月三〇日生まれで、農学校卒業後、昭和一四年以来分家独立して農業を営み、肩書住所地において妻甲野花子と同居生活を送つていた。控訴人の長男一郎は、昭和五一年ころから控訴人の農業を手伝うようになり、昭和六〇年ころ控訴人と同じ屋敷内に別棟を新築して妻及び子供三人と同居していたが、右自宅では寝泊まりをするだけで、食事等は妻子と共に控訴人宅で行つていた。そして、控訴人宅と一郎宅は住居表示が同一であり、郵便受箱も両家で一個しかなく、郵便物は、その受箱から出されると一旦控訴人宅の応接間のテーブルの上に置かれ、その後、各名宛人によつて受け取られるのが通常であつた。また控訴人と一郎は、毎年四月ころから夏場にかけては、早朝から夕方まで戸外で農作業をしているため、帰宅後、右テーブルの上から自己宛ての郵便物を受け取ることが多かつた。

(二)  ところで、一郎は、農業の傍ら民宿を経営することを計画し、被控訴人からその資金を借り受けて新潟県内に土地建物を購入したが、その後被控訴人から担保の提供を要求されたため、控訴人に無断で控訴人宅から、控訴人の実印、印鑑手帳及び控訴人所有の控訴人宅敷地の登記済権利証を持ち出した上、控訴人名義を冒用して、昭和六一年一二月一五日付けで、一郎の被控訴人に対する借受金等債務を担保するため、一郎がその所有の一郎宅建物につき極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定し、さらに、控訴人がその所有の控訴人宅の敷地につき右同額の極度額の根抵当権を設定するとともに右極度額の範囲内で右一郎の債務につき連帯保証する旨の根抵当権設定契約証書を作成し、これをその登記関係書類とともに被控訴人に交付した。その後、右各不動産につきその旨の根抵当権設定登記が経由され、一郎は、右借受金の借替えなどを繰り返したすえ、平成二年一一月二二日被控訴人から五〇〇万円二口合計一〇〇〇万円を借り受けたが、弁済期限の平成三年五月一七日にその返済をしなかつた。なお、一郎は、平成四年ころからいわゆる高利貸しからも借金をするようになり、負債額を増大させていつた。

(三)  被控訴人は、平成五年三月二六日控訴人及び一郎に対し、連帯して貸付金一〇〇〇万円を支払えとの本件訴訟を提起した。控訴人及び一郎に対する本件訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状等は、同年四月一四日個別に特別送達郵便で発送されたものの、控訴人宅及び一郎宅の家人が不在であつたため送達されず、不在通知葉書二通が両人宅の共通の郵便受箱に投函されただけで、一旦郵便局に留め置かれたが、その後帰宅して右葉書を見つけた一郎は、同月一九日、これら二通を持参して郵便局窓口において、自己宛ての書類とともに、控訴人宛ての訴状等をその同居人として受領した。しかし一郎は、控訴人に内緒で前記の契約書を作成するなどしていたため、控訴人に対し右訴状等を渡さず何も話さなかつた。同年四月二四日、控訴人の妻花子は、控訴人宅において、控訴人と一郎に対する訴状の訂正申立書二通の特別送達郵便物をその同居人として受領した。一郎は、帰宅後、控訴人宅応接間のテーブルの上に置いてあつた右書類を見つけて二通とも取り上げ、控訴人宛ての右書面を隠して控訴人に渡さなかつた。その後、控訴人及び一郎が原審の第一回口頭弁論期日に出頭しなかつたため、同年五月三一日両名に対し、被控訴人勝訴のいわゆる欠席判決が言い渡され、控訴人と一郎に対する右判決が特別送達郵便により発送されたが、家人不在でそのまま郵便局に留め置かれていたところ、一郎は、同年六月七日、前記と同様に、一郎宛てと控訴人宛ての二通の不在通知葉書を持参し郵便局窓口において、自己宛ての判決と控訴人宛ての判決を受領した。しかし一郎は、余所でお金を工面して支払を済ませることができるものと考えて、控訴人には右判決を渡さずその事実を隠していた。

なお、同年四月上旬ころ控訴人所有にかかる控訴人宅建物及び一郎宅敷地について長野地方裁判所の仮差押決定が、また同年五月中旬ころには前記根抵当権の実行たる競売開始決定がそれぞれ控訴人宅に送達(郵便局窓口における送達を含む。)されたが、一郎は、自己宛てと控訴人宛ての両方の書類を受け取つたまま、競売されるまでに借金を返済しようとして金策に奔走し、右書類を控訴人に渡さなかつた。

(四)  控訴人は、同年八月ころ、高利貸しから度々一郎の借金の返済請求を受けるようになり、同月一五日、親族と共に一郎を問いただした結果、はじめて一郎が一億円を超える巨額の借金を負つていることや被控訴人から差押えを受け競売手続が進行中であることを知らされた。そこで、一郎の姉乙山春子は、翌一六日町の無料法律相談所に赴いて弁護士小林正に相談し、さらに翌一七日、控訴人と春子は、同弁護士の法律事務所を訪れて、高利貸しなどに対する控訴人名義の負債整理を委任したが、その際、控訴人は、同弁護士から、本件第一審判決がすでに言い渡されているらしいことを知らされた。さらに、同月二三日、控訴人は、本件記録のうち送達報告書三通だけを謄写して判決等の送達の事実を確認した同弁護士からその旨を告げられ、驚いて、右判決に対し不服申立てすることを依頼したが、訴訟費用等を負担する資力がないとしてこれを断られた。そこで、控訴人は、同弁護士に勧められた法律扶助協会の扶助をうけることとして直ちにその申込みをし、同年九月一〇日ころ右扶助を与える旨の決定の通知を受け、同日、控訴人訴訟代理人弁護士高橋聖明に本件控訴の提起とその遂行を委任し、本件記録全部を閲覧した同弁護士を通じてはじめて本件判決の内容を明確に知り、本件控訴を提起した。

なお、控訴人は、二六歳ころから専ら農業に従事しており、平成五年七月三〇日で満八〇歳に達し、当時、視力や聴力が相当に衰え、記憶力や思考力も低下していた。

2  右認定の事実によれば、控訴人に対する本件の訴状、期日呼出状、判決等は、いずれも、控訴人がその住所地に不在であつたため、同住所地又は郵便局窓口において、控訴人の同居人である妻花子又は息子一郎に対し適法に交付されているのであるから、民事訴訟法一七一条所定のいわゆる補充送達として控訴人に対し適法に送達されたものというべきである。

控訴人は、控訴人と一郎の間には事実上の利害対立関係があるから、一郎に対する書類の交付は、控訴人に対する補充送達としての効力がない旨主張する。しかしながら、送達機関が、送達を実施するに際し、送達名宛人と同居者との間の事実上の利害関係の有無を、外形から明瞭に判定することは極めて困難であり、そのように外形上客観的に明らかでない事情によつて送達の効力が左右されるとすることは、手続の安定を著しく害することとなるから、右両者間に事実上の利害の対立関係がある場合であつても、同居者の送達受領権限は否定されないものと解するのが相当である。

そうすると、平成五年九月一〇日に提起された本件控訴は、判決送達の日である同年六月七日からすでに三か月以上を経過し通常の控訴期間が過ぎた後に申し立てられたこととなる。

二  しかし、控訴人はその責めに帰すべからざる事由により、控訴期間を遵守することができなかつたものである旨主張するので、この点について検討する。

前記認定の事実関係によると、控訴人に対する本件訴状、期日呼出状、判決等は、いずれも、同居人である妻花子又は息子一郎に交付されたが、一郎は、これらの書類をすべて隠匿して控訴人に渡さず、また控訴人にその事実を秘していたこと、控訴人は、平成五年八月一七日ころ別件の債務整理を依頼した弁護士小林から、控訴人に対する本件判決が言い渡されているらしいことを知らされ、さらに同月二三日送達報告書を謄写した同弁護士を通じてその言渡しの事実を確認したが、経済的資力が無かつたため、法律扶助の申込みをし、同年九月一〇日ころその付与決定通知を受けて、ようやく控訴人訴訟代理人弁護士高橋に本件控訴の提起とその遂行を委任することができたこと、そして控訴人は、同日、同弁護士を通じて本件記録全部を閲覧し、はじめて本件判決の内容を明確に知り、本件控訴を提起するに至つたこと、控訴人は、当時満八〇歳の高齢で視力等が相当に衰え思考力も低下していたことなどが認められ、これら前記認定の諸事実を総合的に考慮すると、控訴人は、その責めに帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することができなかつたものというべきである。

被控訴人は、控訴人は、通常の注意を払つていれば本件訴訟の提起や判決の言渡しを知り得たものであるから、これを知らなかつたことにつき過失があるし、また、控訴人は平成五年八月二三日に弁護士を通じて記録を謄写し判決の存在を確認したのであるから、その日をもつて控訴期間の起算日とすべきであると主張する。たしかに、前記認定事実及び前掲各証拠によれば、控訴人は、平成五年四月二四日に妻花子から裁判所発信の控訴人宛て特別送達郵便物が届いていることを告げられたにもかかわらず、一郎が関与している事柄であると思い込んで、これを見ようとしなかつたこと、控訴人は、同年八月一五日に一郎から右郵便物の内容である訴状の訂正申立書を見せられたが、自分で解決するとの一郎の言葉を信用して、特に関心を抱かなかつたこと、控訴人は、同年八月一七日弁護士小林から判決の言渡しがされているらしいと知らされ、同月二三日には同弁護士に委任し本件記録中の送達報告書を謄写して右言渡しを確認していることがそれぞれ認められる。

しかしながら、一郎は、控訴人名義を冒用して根抵当権設定契約書を作成したことなどが発覚することを恐れて、本件訴訟が提起されていることをひたすら控訴人に隠し続けようとし、訴状訂正申立書を見せた際も、控訴人に安心させるようなことを言い詳しい事情を知らせなかつたこと、控訴人は、当時、約五四年間も農業一筋に従事してきた満八〇歳の高齢者であり、思考力や視力が衰えて自ら訴訟行為を行う能力が低下し、また、資力が無く訴訟代理人となる弁護士にそれを委任するだけの経済的な余裕も無かつたこと、控訴人は、判決言渡しがされていることを送達報告書で確認したのちは、判決に対する不服申立てをするため可能な限りの方法で速やかに行動を起こしており、同年九月一〇日にはじめて判決の内容を明確に知るとともに、法律扶助により本件控訴提起の手続を行つたことなど前記認定の諸事情に照らすと、判決の言渡しを知らなかつたことにつき控訴人に過失があつたとまでは認定し難いし、また、控訴人が法律扶助決定の通知を受けて訴訟代理人弁護士を委任しうる状態となつた平成五年九月一〇日をもつて、民事訴訟法一五九条にいう「事由の止みたる」ときと認めるのが相当である。

そうすると、本件控訴は、民事訴訟法一五九条一項の追完により適法に申立てされたものというべきである。

三  本件においては、前記のとおり、原審において本案につき実質的な審理が全くなされていないから、原判決を取り消したうえ、本案につき更に審理を尽くさせるため本件を原裁判所に差し戻すのが相当である。

四  よつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して本件を原裁判所に差し戻すこととし、民事訴訟法三八六条、三八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 新村正人 裁判官 市川頼明)

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